特集 第4回 レアルエキップフェスティバル FUN PEOPLE PHILOSOPHY Event inside column 挑戦 スーパーモタード! ウーマンズリーグへの道
楽しんでる人、がんばってる人、遊んでる人。レアルエキップが出会ったこんな人たちに接近!
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尾崎慎一郎 Shinichiro Ozaki

家族でみんなでMOTO1中部エリア、モトクロスにもエントリー!

 今年のレアルエキップフェスティバルでも、2時間エンデューロにショートサーキット耐久と、めいっぱいエンジョイしていた尾崎慎一郎さん。昨年からは本格的にスーパーモタードも始めて、MOTO1中部エリア戦にも、奥様、ご長男、次男と家族4人でエントリーするほどのモータースポーツファミリー。ラリーレイドモンゴルなど、年に一度の海外イベント参加を楽しみにしている尾崎さんだが、「今年は家族のバイクにもたくさんお金がかかったから、ラリーは一回お休み。それよりも今しかできないことを家族みんなに経験させてあげたいんだ」。


■オフロード少年

 尾崎さんのバイクとの出会いは16歳。「ナナハン=不良のシンボルみたいな頃だったよ。ぼくはヤマハのMR50っていう原付のトレールバイクでね。隠れて通学に使ったりはしていたけど、マジメなほうだったな」。4ストロークエンジンのホンダのCB50や、まだサスペンションが無かった頃のモンキーにも乗っていたが、根っからのオフロード少年だった。「バイクに乗る前にもね、自転車で山道を走るのが大好きだったよ。自分で自転車のスプロケットを取り換えて、急な坂道もこいで登っていけるようにしたりね。マウンテンバイクなんていうのが出てくるのは、それから10年以上も経ってからだよ。とにかくダートが好きだったんだね。ギャップで飛んだり、リアが滑ったりというのがとにかく面白かった」。
  高校を卒業、進学して東京での生活が始まると同時に中型免許を取得した。「当時はね、ホンダのCB400Fourっていうロードスポーツバイクが出た頃だよ。集合マフラーがきれいなバイクで、人気があったなぁ。かっこよかったからね。ぼくも、ずいぶん迷って、でも結局ズズキのハスラー400っていう2ストローク単気筒のオフロードバイクを選んじゃった。やっぱりオフロードバイクなんだ」。
  当時は、まだまだ走る場所に困らなかった時代だ。尾崎さんは、住んでいた小岩からさほど離れていない江戸川の河川敷コースに、ハスラー400とともに通うようになる。日曜日になるとたくさんのライダーが集まって腕を競った。「そりゃあ楽しかったよ。一時期は沼津に住んでいてね、その頃はホンダのXL250S、フロントが23インチのバイクに乗って、富士山も走ったなぁ。今じゃ走れる場所ではなくなったけど、当時は山頂アタックなんてのもやってたし…。たくさん集まってたね」。


■パリダカへの憧れ

 ただオフロードを走ることだけに夢中になってきた尾崎さんだが、沼津から再び東京に戻ってからは、モトクロスのレースに取り組むようになる。「新車のモトクロッサー、スズキのRM125を買ってね。まだ2本ショックの時代だよ。ヤマハだけはモノクロスサスペンションだったけど、ほかはまだ2本ショック。あちこちの草レースに出まくってたよね」。ますますオフロードに夢中になる尾崎さん。結婚して、父親になっても、その気持ちは変わらない。どころか、ますますでっかいホビーへと成長していく。そのひとつが、ラリーとの出会いだった。
  「1985年前後かな、パリダカがメディアにクローズアップされていた頃。テレビでもいい番組を作ってていてね。いいなぁ、これはすごい、やってみたいって思ったよ。当時、そんなふうにパリダカに影響を受けたライダーって多いと思うけど、ぼくもその一人だった」。でもね、と尾崎さんは続ける。「憧れてはいたけど、海外のラリーなんて今よりずっと遠い存在だったよね。極端に言えば、宇宙旅行にでも行くような感覚とでも言えばいいか…」。そんな遠い存在だったラリーだが、四国で開催されているツールドブルーアイランドというラリーに出るようになってから、またちょっと違う存在になっていった。
  「池町佳生くんや、博田巌くん、一緒にツールドブルーアイランドに出ていたライダーたちが、次第に海外のラリーに出るようになってきた。池町くんも博田くんも、パリダカで好成績を残すようになってきたし、ツールドブルーアイランドを主催していた山田徹さんもパリダカに出ていたね。なんとなく、その頃から海外のラリーなんかもそう遠い存在ではないのかなって思い始めたんだ。非現実的だったものが、もしかしたら自分にも…? なんという気持ちに変わっていった」。地元のバイクショップの仲間も海外のラリーに取り組むようになった。尾崎さんは2002年に憧れていた海外のラリーに出場を果す。

2006年の 北京〜ウランバートルラリーにはKTM950Adventureで出場した
(Photo : Yasuaki Jibu)


■ラリーは一休み
  次男のモトクロス参戦をサポート中

  「子供たちには、もちろんバイクに乗れなんて強制なんかしない。でもやりたいならやってほしいし、応援もしたいと思うんだ。バイクやレースを通じて教えられることがたくさんあると思うから…。今ね、多度というコースでやっているシリーズ戦に出ているんだけど、この多度のコースを管理されている方が、とてもよく出来た人で、すごくマナーや礼節を大事にしている。整理整頓、自分のことは自分できちんとやる、あいさつは大事にする。まあ、当然のことなんだけど、それを身を持って示してくれるんだ。バイクのように楽しいスポーツを通じて、まずは礼儀や、きちんと振舞うということの大切さを身につけてくれたらいいよね。それとね、やっぱり勝ち負けのある世界だから、努力してステップアップするということも知ってもらえるんじゃないかな? まだはじめたばっかりだけどね」。長男は、現在受験を控えてレースはお休み中だが、次男は多度のシリーズ戦で65ccクラスに参戦中。技量別に4クラスに分かれている"激戦区"。クラスごとの優勝者が、次のレースからひとつ上のクラスに昇格するルールだが、早くも、上から2番目まで昇格した。


尾崎さんファミリー、この日はモトクロス会場で


家族みんながライダーなのでガレージもいっぱい。奥様はCRF50、次男はKX65が愛車です


「やっぱりやりがいがあるみたいで夢中だよ。1週間のうちに7日間はモトクロスのことを考えてる。テレビゲームをする時間もずいぶん減ったみたいで、ガレージでもバイクを整備していると手伝うようにもなったね。まだバイクの整備は難しいけど、バイクがどんな仕組で走ってるのかはなるべく教えるようにしてるんだ。するとね、レースの前になって"エアフィルターは換えなくてもいいかな"とか"プラグは大丈夫かな"とか気にするようになるんだよ。いい成績を出せるようになにをしたらいいか、そんなことを考えるようにもなってきたのかな」。

  ご自身のラリーはちょっとお休みになっているが、小学校6年生という多感な時期に、モトクロスのような貴重な経験をさせることの価値に比べると、なんでもないことだと尾崎さんは話す。



■パートナーの理解があってこそ…
  いつか彼女と一緒にラリーに

 尾崎さんのバイクライフを応援してくれる奥様について聞いてみた。「彼女と結婚する前後はね、二人で関東ミニモトクロス選手権というのに出ていたんだ。女性には二つのタイプがあるって、前にも話さなかったっけ…。男がサーフィンをやっていると、自分は浜辺でひざを抱えてそれを見ていられるタイプと、自分も一緒にやらないと気がすまないタイプ。彼女は後者なんだ」。でもしょっちゅうラリーとかに出かけているし、ちょっとご機嫌が悪くなったり…しないですか? と、さらに突っ込んだみた。
  「ずいぶん前だけど、冒険家の風間深志さんが南極や北極をやったでしょう。マスコミもすごく好意的にこれを取扱っていてね、ぼくも興味を持って見ていたんだけど、その中で、風間さんの奥さんにコメントを求めていたジャーナリストがいたんだ。夫がこんなに危険なことをしていて、心配になりませんか、と。それに対する答えがとても印象的で、今でもよく憶えているんだ。"確かに危険だと思うし心配だけれど、それをやらなかったら彼は彼ではなくなる、だから応援している"。そんな言葉だった。ぼくのは、そんなおおげさなことではないけれど、彼女もそんなふうに、ぼくのやりたいこと、趣味を理解してくれているんだと思う。ほんとに感謝してるんだ」。
  スーパーモタードの中部エリア戦では、次男がエントリーしたmoto3クラスと、奥様がエントリーしたウーマンズクラスが混走になった。「スーパーモタードレースで母子がグリッドに並ぶなんて最高だったよ」と嬉しそうに話す尾崎さん。
  「今すぐに、とは思っていないけど、何年後かに彼女がドライバー、ぼくがナビゲーターで海外のラリーに出てみたい。ラリーではいろんな素晴らしい景色の中を走るけど、そのなかでも本当にすごいって思う景色に出会った時って、やっぱり二人でこの景色を見たいなぁって思うものなんだよ」。

親子でグリッドに並んだMOTO1中部エリアの伊那大会


■バイクライフは終わらない

 これまでは尾崎さん自身がラリーやエンデューロに出場する機会が多かったが、MOTO1中部エリア戦、また多度のモトクロスシリーズ戦に出場するようになって「スプリントレースに、年間を通じて取り組む楽しさに目覚めちゃったよ。フル参戦すると、お金もかかるけどね。なんといっても、妻と、次男、そしてぼくも含めて3人もエントリーするんだから!」。そういいながら、実はCRF150でのMmoto3から、250ccマシンにしてmoto2へのステップアップを考えていたりもする。「スーパーモタードはさ、体力的にモトクロスほどきつくないぶんだけ、タイムを詰めることに集中できるのがいいよね。5センチラインが違うとタイムが変わってきちゃうんだから……」。尾崎さんのバイクライフは、まだまだ続きそうだ。

レアルエキップフェスティバルのショートサーキット耐久は、キャメルバックを背負ってソロで完走! エキサイトクラス4位に入賞した尾崎さん

MOTO1中部エリア戦での走り。

   
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